自己紹介

“それなりに弾ける”の壁

私は以前、 「それなりに弾けているけれど、本当に上手い人との差が埋まらない」 という状態でバイオリンを続けていました。

周りからは評価されることもあり、 自分でも「ある程度は弾けている」と思っていました。

3歳の頃に音楽教室(スズキ・メソード)でバイオリンを始め、 11歳の頃には9巻まで順調に進んでいました。

その後、カナダの小さな村に引っ越してからは、 バイオリンを弾く人自体が少なかったこともあり、 先生から高く評価していただき、 ピアニスト伴奏でリサイタルをさせてもらう機会もありました。

さらに、隣町から来たオーケストラをバックに、 全校生徒の前でバッハのコンチェルトを演奏したこともあります。

その後、より大きな街のアート系の高校に進学した際も、 オーディションでの演奏が評価されて合格し、 クラスでも上位、アンサンブルでは最前列で演奏していました。

ここまでを見ると、 順調なバイオリン人生に見えると思います。

でもその一方で、 本当に上手い人たちの中では通用していないと感じていました。

それをはっきり自覚したのが、コンクールに出たときです。

街のコンクールでは問題なく予選を通過できたのに、 州のコンクールではまったく結果を残すことができませんでした。

本番では、予選とは違う緊張感があり、 演奏中に観客の方を見ることはできませんでした。

それでも、自分なりにやりきった感覚はあり、 完璧ではないものの、悪くはない演奏ができたと思っていました。

「もしかしたら順位に入れるかもしれない」

そんな期待もありました。

全員の演奏が終わり、 会場では順位の発表が始まりました。

8位から順に名前が呼ばれていき、 そのたびに拍手が起こりましたが、その中に自分の名前はありませんでした。

最初はショックを受けながらも、 「“優秀賞”のような枠なら呼ばれるはずだ」と思っていました。 実際、その枠の人数は思っていたよりも多く、 呼ばれるだろうと、ほぼ確信していました。

でも、何人名前が呼ばれても、自分の名前は呼ばれませんでした。

そして最後の一人が呼ばれたとき、 信じられなさと、恥ずかしさが込み上げてきました。

名前を呼ばれなかったのは、自分を含めてわずか数人でした。 

隣にいたホームステイ先のお父さんは一緒に残念がってくれましたが、 情けなくて言葉を返すこともできませんでした。

その後、周りの人たちから「演奏よかったよ」などの褒め言葉をもらいましたが、 それさえも、どこか惨めに感じてしまいました。

結果が出なかったという事実以上に、 「自分は通用していないのだ」と突きつけられたように感じました。

それは、私にとって大きな衝撃でした。

初めて気づいた本当の課題

コンクールでの経験の中で、 上位だった人たちの演奏を間近で聴く機会がありました。

それは、私にとって 「自分は結構弾ける方だ」と思っていた前提が、 根本から崩される出来事でした。

自分では弾けているつもりでしたが、 いわゆる「上手い」と言われる人たちと、 同じ土俵にも立てていなかったのだと気付かされました。

上位の人たちの演奏は、 音色も、音楽性も、明らかに自分とは違っていました。

特に印象的だったのは、表現力です。

彼らの演奏は表現の幅が広く、物語のように、聴く人を引き込む力がありました。

それまで私は、そういった演奏はCDでしか聴いたことがなく、 完成された音楽として「別世界のもの」のように感じていました。

でもそれを、目の前で生の演奏として聴いたとき、 その差の大きさに衝撃を受けました。

一方で、自分の音は平面的で、 フレーズの始まりや終わりに雑さが出てしまい、 音楽が作品として成立していませんでした。

さらに印象的だったのは、 上手い人たちの体の使い方が、どこか共通していたことです。

特に、右腕の形とビブラートの仕方は、 自分とは明らかに違っていました。

それまでの私は、 右腕の使い方も、ビブラートも、曲の弾き方も、 「これで合っている」と思っていました。

でも実際には、 上手い人たちとは奏でられる音楽も、弾き方もまったく違っていたのです。

そのとき初めて、 自分は腕の位置やビブラートの仕方といった、 基礎の部分ができていなかったのだと気づきました。

やり直せないまま

でも、コンクールから帰った私は、 「具体的にどう練習すれば上達するのか分からない」 と感じていました。

そもそも、難易度の高い曲に取り組みながら、 同時に基礎をやり直すのは現実的ではありませんでした。

それまでの先生たちから基礎について十分に教わったことはなく、 別の先生に変わった後も、今度は厳しさとプレッシャーの中で、 理解できていないままレッスンが進み、 できないことを責められているように感じていました。

期待に応えられないことへの苦しさと、 やり方が分からないからできないという感覚。 そのジレンマは、少しずつ自信を奪っていきました。

さらに、先生にはすでに失望されているように感じ、 基礎について質問することすらできなくなっていました。

差が埋まらないまま時間が過ぎ、 やがて学業の忙しさや体調の不調も重なり、 バイオリンを続けること自体が苦しくなっていきました。

本当は、もう辞めたかった。 でも、それを伝えると母と大きくぶつかり、 すぐに辞めることもできませんでした。

それでも限界は近づいていて、 レッスンを延期したまま、そのまま連絡を取らなくなり、 気づけばバイオリンから離れていました。

そのときの私の中には、 もう続けるという選択肢は、まったく残っていませんでした。

もう一度、音楽の中へ

その後、大学院生になった頃、 研究室と家を往復する毎日で、 どこか物足りなさを感じていました。

そんなとき、高校時代に バイオリンを楽しく弾いていた日々を思い出しました。

「上手いかどうかは一旦置いておいて、 もう一度、純粋に音楽を楽しんでみたい」

そう思い、バイオリンを再開することにしました。

すぐにインターネットで、 地域のアンサンブルやオーケストラを探し、 オーディションのない団体に問い合わせました。

するとすぐに参加させてもらえることになり、 久しぶりに音楽の中に戻れたことに、ほっとしたのを覚えています。

演奏する曲も魅力的なものばかりで、 メンバーも温かく、毎回の時間がとても楽しいものでした。

その中で友人もでき、 トリオを組んで結婚式で演奏したり、 コテージに集まって一緒に演奏したりと、 音楽のある時間を心から楽しんでいました。

ただその一方で、 「基礎がある人だけが出せる音」は出せていない という感覚は、ずっと残っていました。

本などで基礎について学ぼうとしたこともありましたが、 本格的にやり直すところまでは踏み込めませんでした。

気づけば離れていた

そして就職活動をきっかけに、 再びバイオリンから離れることになります。

日本に帰国し、就職した会社ですぐに働き始め、 研修合宿などもあり、毎日は目まぐるしく過ぎていきました。

カナダで一緒に音楽をやっていた友人たちとも離れ、 新しい環境や人間関係に適応すること、 仕事を覚えること、生活を整えることに精一杯で、 バイオリンのことを考える余裕はありませんでした。

何か別の楽しみに置き換わったというよりも、 ただ自然と、頭の中から消えていった、という感覚でした。

気づけば、音楽のない日々が当たり前になっていて、 バイオリンのことを思い出すことも、ほとんどなくなっていました。

このときはもう、 「自分がバイオリンを弾くことはないだろう」 と思っていました。

そこに大きな寂しさや葛藤があったわけではなく、 ただ静かに、自分の中で一区切りがついたような感覚でした。

今思えば、 バイオリンへの気持ちは消えてしまったのではなく、 ただ眠っていただけだったのかもしれません。


最後の再開

そんな中で訪れたのが、 知人のピアノと一緒に演奏する機会でした。

久しぶりにバイオリンのケースを開けたとき、 私は 「これが最後の再開かもしれない」 と感じていました。

ここでちゃんとやらなければ、 もう一生やらない気がしたのです。

そして同時に、今回はなぜか 「きちんとやれば、できる気がする」 という感覚もありました。

以前に本で学んだ知識が少しだけ残っていて、 姿勢や腕の使い方といった基礎が重要だということは分かっていました。

さらに今は、インターネットや動画など、 学ぶための手段も揃っています。

やり方はまだ分からない。 でも、知識とリソースはある。

だからこそ、 今ならできるかもしれないと思えたのです。

とにかく一度、基礎からやり直してみよう。 そう決めました。

実際に始めてみると、 思っていた以上に何もできなくなっていました。

弓をまっすぐ動かすことすらできない。 7年のブランクは、それほど大きなものでした。

それでも、 今回は逃げずに向き合おうと思いました。

YouTubeで複数の先生の解説を見ては試し、 一つひとつ検証するように練習を重ねていきました。

最初の2ヶ月は、毎日4時間ほどを基礎練習に費やしました。 その際はすべて動画に撮り、 自分の姿勢や動きを確認しながら修正していきました。

途中で腱鞘炎になり、 練習量を調整する必要もありましたが、 それでも続けました。

続けられたのは、 一緒に演奏することになっていた友人をがっかりさせたくなかったこと、 そして何より、検証していく過程そのものが楽しかったからです。

もともと憧れていた、 上手い人の手の形や腕の動きに、 少しずつ近づいていく感覚がありました。

そしてあるとき、 自分の動きをコントロールできていると感じる瞬間が訪れました。

思った通りに弓を動かせる。 無理に力を入れなくても音が出る。

それは、それまでとは明らかに違う感覚でした。

こうして半年ほどで、 ようやく基礎の感覚を掴むことができたのです。

問題は才能じゃない

その結果、私は これまでで一番納得できる演奏ができるようになりました。

腕の重みを弓に乗せられるようになり、 音に深みが出るようになりました。

以前に本で読んだ 「美しい音は、美しい姿勢から生まれる」という言葉を、 自分の中で実感として理解できるようになりました。

実際に動画で自分の演奏を見たとき、 腕や手首の形、姿勢が、 これまで憧れていた“上手い人の形”になっていることに気づきました。

また、以前は力みで苦労していた早弾きも、 無理なくコントロールできるようになりました。

この変化を通して、 私はひとつの確信を持つようになりました。

姿勢や体の使い方といった基礎が整っていれば、 そこから演奏は大きく伸びていく。

逆にそこが崩れていれば、 どれだけ努力しても、 音の深みやコントロールは手に入らない。

「力まないで」と言われても、 体のポジショニングが間違っていれば、 力んでしまうのは当然だったのです。

つまり、問題は“才能”ではなく、 “やり方”にあったのだと分かりました。

実際に、昔の私の演奏を知っている母や妹からは、 「上手くなったね」と驚かれました。

また、友人と参加した発表会では、 ヴィヴァルディ「夏」第3楽章やチャルダッシュといった難曲も、 納得のいく形で演奏することができました。

そして何より、 自分の中で大きく変わったのは、 「スタートラインに立てた」と感じられたことでした。

これまで好きだったのに思うように弾けなかった曲たちを、 もう一度弾いてみたいと思えるようになりました。

もっと早く基礎を知りたかったという気持ちはあります。 それでも、今こうしてできるようになったことに、 大きな意味があると感じています。

もし過去の自分に伝えられるなら、こう言います。

問題は、才能じゃない。

正しい知識と方法で積み上げれば、 ブランクがあっても、人は変わることができる。

趣味のレベルであっても、 自分が納得できる演奏をすることも、 体を痛めずに演奏することも、 そして、聴いている人の心に届く演奏をすることも、 決して手の届かないものではありません。

ブランクがあっても変われる

基礎というと、 なんとなく掴みどころがなくて、難しいもののように感じるかもしれません。

でも実際は、 ブランクがあっても、基礎からやり直すことで 演奏はしっかり変わっていきます。

私自身も、7年のブランクがありましたが、 基礎を見直したことで、演奏は大きく変わりました。

もしあなたが今、 どうすればいいか分からずに止まっているとしたら——

それは、やり方が分からないだけで、 できないわけではありません。

そしてもし、 「もっと弾けるはずなのに」と感じているなら、 その感覚はきっと正しいものです。

大切なのは、 一気に変わろうとすることではなく、 正しい方向で、少しずつ積み上げていくことです。

最初の一歩としては、 好きな曲を気楽に弾いてみて、 その様子を軽く動画に撮ってみるのもひとつの方法です。

うまく弾こうとしなくて大丈夫です。 遊ぶような感覚で構いません。

そして、 姿勢や楽器の構え方、弓を持つ手や腕の形を、 少しだけ意識して見てみてください。

大事なのは、 できていないことを責めることではなく、 「今の自分の状態を知ること」です。

そこから、少しずつ変えていけば、 演奏は確実に変わっていきます。

よかったらこれから一緒に、 「基礎から見直して、ちゃんと上達するバイオリン」 を始めてみませんか?